東日本大震災の記事


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ハイヒール

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(2011:03:13 13:08:13, NIKON D300, F13.0, 1/640, -1/3, ISO:400, 34.0 mm(換算51 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


「市役所で働いていたら地震。建物の外に避難して近くにいた高2の娘と合流、そして津波避難しました。避難途中にやって来た津波は瓦礫と共に押し寄せ、身体にぶつかってくる。濁流の中必死に進み、近くで救助活動をしていた地元の人達に引き揚げられ助かった。
津波が来たきには手を繋いでいた娘は、いつしか手が放れてしまい流されてしまった。今でも娘とは連絡が取れません」

母親が涙ながらにマイクに語っていた体験談。ラジオ越しでも私がその場にいたかのように情景がまぶたに浮かぶ内容でした。避難所からの報告が終わりマイクはNHK福島放送局へ戻り、引き続き東北の被害状況を知らせるためにNHK仙台放送局へ。

普段は淡々と話すアナウンサーも、母親の被災話に感化されたのか、冒頭から感情丸出しで「○○漁港は魚が大変美味しい港で、、、そんな街が突然こんなことになりとても現実のこととは思えない」的にアナウンサー自身の災害前の体験を交えた感想談を放送開始。局内のほかの人から横槍が入ったのか、すぐに東北の被害状況に入ったものの、NHKらしからぬ出来事。プロとして失格だからアナウンサーとしての職を失ってしまったのかもしれないけどいい放送でした。


テレビの津波映像で津波が如何に恐ろしいものなのかは観れる。だけどあまりに現実味がなさすぎてまったく理解できない。そんな中、実際に被災場所に行き、津波が達した一番上流部をほんの数分目にしただけ。たったそれだけ。被災者にとっては津波の片鱗にもならないものだけど、津波の爪痕を「体感」した後だっただけに、心に響きました。この文章を打ってる今、文字通り涙が溢れ、涙が幾筋も顔を流れてます。

写真のハイヒール。これが津波に飲まれた女性が履いていたものが脱げて流され辿り着いたのか、玄関やクローゼットにあったのが家から流出したのか、津波から逃げるときに走るのに邪魔だから脱ぎ捨てたのか、、、それを知る術はありません。が、この靴の持ち主、そしてまだ多く残っている行方不明者が関係機関へ連絡できないだけで、生き延び助かっていることをお祈りします。

アップが失敗したのでほかの写真で代用してます。放射線とかかなりヤバいみたいだし、交通機関も止められて帰れるかわからないけど帰れたら差し替えます。



原発危険区域

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(2011:03:13 15:16:21, NIKON D300, F10.0, 1/640, +1/3, ISO:400, 35.0 mm(換算52 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


地震や津波だけでも大問題なのに、原発までもが事故に。ここを通過時点では東京電力・福島第1原子力発電所から20km圏内に避難指示だったのかな?まだしばらくは大丈夫ですが、この先、浪江側は通行止めでした。

ちなみに東日本大震災の発生は2011年3月11日。14年前の同じ日。1997年3月11日は東海村の原子力関連施設で火災発生、35人が被爆して放射性物質が漏れる事故が起きています。あの日は私も東海村で見学していたんだよなぁ。もちろん見学中に事故のことは知らされず。今回も情報伝達が遅いのか、隠してるのか、メディアに事故関連情報がなかなか来ないのが不安すぎ。今後どうなるのかな、、、



「原発危険区域」で検索している人が多いようなので追記です。

まず放射線の計測値は以下のような場所で最新のデータを見ることができます。

・首相官邸に掲載されている原発事故の報告書(「平成23年(2011年)福島第一・第二原子力発電所事故について」のPDF。随時更新)
http://www.kantei.go.jp/saigai/

・全国の放射線計測値(随時更新)
http://atmc.jp/

・USTREAMで東電や原子力保安委員会の記者会見をほぼ全編に渡って生放送
http://www.ustwrap.info/multi/3532343::6157528::6599253::videonews-com-live2

これらを見ると、3月18日の時点で水戸は1μSv/h、埼玉0.328μSv/h、茨城0.232μSv/h程度の最大値が検出されています。福島圏内に至っては福島市の19μSv/hを始め、1μSv/hを上回っているばかりでなくその高い値を継続して観測している箇所が多くあります。

これらの放射線量はテレビなどで報道されているように「ただちに健康に影響を与える数値ではありません」。しかし残念ながら長期的視野に立ったり、放射性物質の摂取による内部被曝のことを考えると、「ただちに」影響はなくても長期的には影響がある可能性があります。

人間の細胞には低レベルの放射線ダメージに対して修復を行う仕組みが備わっています。DNA鎖の切断や塩基障害ですら治せるほどのすごい修復機構です。しかしそれらにも限界があります。また継続的な低レベル放射線に対する人体への影響に関する研究成果は残念ながら非常に少ないです。おそらく今回の福島第一原子力発電所の事故が、低レベル放射線の人体への影響調査、、、癌発生率の上昇や白血病率や奇形児出生率、流産率の変化などのデータ収集に役立つことでしょう。

これから何年後かに実際に癌になったときに、それが今回の事故による被曝が原因なのか、それともほかに原因があるのか、、、その因果関係を証明するのは非常に困難です。水俣病や原爆の被害者、薬害エイズ、、、これまでの政府の対応を見ているときちんと補償してもらうには訴訟を起こして何年も戦うことになると思います。



あくまでも私見ですが、40代よりも上の人は神経質にならなくてもいいと思います。しかし、特に子供や妊婦、これから産みたいと考えている女性は早いうちに一時的でもいいので事故が落ち着くまで避難した方が無難だと思います。現在低レベルでも放射線検出値の上昇を検出している地域、、、南は神奈川ぐらいまででしょうか?マンスリーマンションなどは安いですし、旅行だと思って関西から西へ出るのがいいと思います。


マスコミや政府の発表にはかなり誤解を与える表現があります。
例えば「放水作業後の計測を行ったところ、放射線量が低下したと発表した。事務本館北側の計測結果によると、18日午後8時の3611マイクロシーベルトから、19日午前1時50分には3181マイクロシーベルトまで低下した」(産経ニュース)というニュースが大々的に報じられています。
しかし官邸のホームページで公開されている放射線量の時系列データを見ると、放水が始まる前の17時が放射線量のピークであり、徐々に減っているのが見れます。確かに放水の前後で数値変化はありますが、それが放水によるものとはすくなくとも私には思えません。また計測も事務本館北側から西側へ一度移動があり、連続的な計測ではないため計測場所が動いている可能性があります(放射線量は線源からの距離の二乗に反比例して減るので計測場所が違うと数値も変わってきます)。

さらに政府は
枝野幸男官房長官は13日午前の記者会見で、東京電力福島第1原子力発電所の原子炉の格納容器が爆発した場合について「万が一(原子炉の爆発が)起こったとしても、現在の避難指示区域でよい。原子力安全・保安院、原子力安全委員会と相談して、指示を出している」と述べ、新たに避難区域を拡大しない考えを明らかにした。(産経ニュース2011.4.13 13:08)
と言っています。政府は"放射性物質が大量に飛散してもこれ以上の避難指示は出さない"と取れます。確かに避難指示範囲を広げると政府には対応できない何百万人オーダーの避難者が出ますし、東北高速道路や国道4号が避難区域になることにより、東北の被災地への物資配達が滞るなどの影響がでます。そのため広げる気はないのでしょう。もちろん爆発が起きないように対策をしながら作業はしていますが、、、


つまりマスコミ発表を鵜呑みにせずに自分なりにきちんとその情報が正しいのか、誤っているのかを判断して行動しないとダメです。



アメリカNYタイムズでは(Nuclear Regulatory Commissionの調査に基づいた3月16日現在での)米国基準での避難範囲を公開しています。
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/16/world/asia/japan-nuclear-evaculation-zone.html?scp=1&sq=estimates%20of%20potential%20exposure&st=cse

これによると1.6km圏内は数週間以内に死亡、3.2km圏内は2ヶ月以内に死亡、8km圏内は脱毛、80km圏内は血液組成の変化、、、などの"可能性がある"としています。またアメリカ軍では本州全域の米軍家族に対して自主的退避を許可。希望者がチャーター機や民間機で帰国しているそうです(時事通信3月18日)。


浪江管内原発危険区域



林精器製造の建物が、、

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(2011:03:13 16:42:33, NIKON D300, F5.6, 1/640, 0, ISO:400, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


国道4号沿いでは気づいた限りで2件崩れた建築物がありました。写真の林精器製造の建物は状態がひどかった方です。
地震発生は昼過ぎ。この中で働いていた人はいなかったのでしょうか?見た感じ発生直後から放置な雰囲気なのでちょっと心配です。

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関係者の方から現状についてのお知らせとお叱りのメールを頂きました。申し訳ありません。
写真からは見えませんが右側だけでなく奥側も倒壊をまぬがれ、倒壊部分にいた方も含めて全員が無事に助かっていたそうです。ひと安心です。また現在は24時間体制で復旧に向けて作業を行なっているとのことです。

この場所は事故が収束しない福島第一原子力発電所からちょうど60kmの場所。さらに、この文章を書いている間にもこの場所から15kmほど離れた場所を震源地とする余震が起きるなど、予断を許さない状況です。三次災害、四次災害に気をつけてください。一刻も早く正常な生活に戻れることを祈っています。



原子炉冷却用モーターを運んだC-130

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(2011:03:12 23:42:08, NIKON D300, F7.1, 0.4, -1, ISO:1000, 52.0 mm(換算78 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


原子力発電所の冷却用ポンプのモーターが急遽、自衛隊の小松基地からここ福島空港まで運ばれて来ました。そこで活躍したのがこの航空自衛隊のC-130輸送機。近くには動画を撮影している人もいました。単に飛行機マニアなのかな?と思ったのですが、モーター輸送を知ってた人だったのでしょう。私は翌日輸送のことを知りました。もっと早くに知っていれば運び出すところとか見れたのに、、、
ちなみにモーターは1基300kgでそれが3つあったそうです。

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匿名の方からメールいただきました。写真の機体はC-1だそうです。ということでこの飛行機が輸送したわけではないようです。



道路のダメージ

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(2011:03:13 13:19:51, NIKON D300, F9.0, 1/640, -1/3, ISO:400, 62.0 mm(換算93 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


テレビなどで津波が街を襲う様子が撮影・報道されていました。その映像を見ると、海から押し寄せる津波に追われながら車が逃げる様子がたくさん見れました。まるで映画。なんでそこで止まるんだ!減速するんだ!もっとアクセル踏め!と思いながら見てしまいます。実際の被災地の道路には陥没や亀裂などがたくさん。特に津波が襲った海側は山側よりも遙かに大きなダメージが道路にありました。
私達が通ったときにはダメージ箇所にはカラーコーンなどが置かれて分かりやすくなっていました。しかし、震災直後の津波が襲ったときには当然それらはなかったと思います。そんな中で後ろを振り返って津波に怯え、道路の状態に注意を払いアクセルを踏む、、、想像を絶する状況すぎです。



WELCOME鹿島

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(2011:03:13 13:26:50, NIKON D300, F13.0, 1/640, -1/3, ISO:400, 40.0 mm(換算60 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


不謹慎だけど笑ってしまいました。こういうマークって色々な場所で使われているけど、今回のようなことを考えると微妙だなぁ。



ガソリン代は1台1000円

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(2011:03:13 15:54:57, NIKON D300, F4.5, 1/640, +1, ISO:400, 24.0 mm(換算36 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


被災地ではガソリンスタンドがあってもほとんど開いていませんでした。唯一開いていたスタンドは緊急車両のみ。久々に見つけたこの開店中のガソリンスタンドは(おそらく停電していただろうこともあるのでしょうが)ガソリン代がなんと1台1000円一律料金。灯油は値段は分からないものの1軒18リットルの制限付きで販売しているようでした。

このときならリットル1000円でも喜んで給油する人も多いはず。そんな中、安い価格で提供していたエネオス石油の(有)佐久間石油さん。このガソリンスタンドに感謝してもしきれない人も多いはずです。



ランドセル

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(2011:03:13 15:52:31, NIKON D300, F5.6, 1/640, +1/3, ISO:400, 85.0 mm(換算127 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


小学生の女の子が犬の散歩をしていました。背負っているランドセルには犬の糞処理セットだけでなく、万が一のことに備えて飲料水や食べ物なども入っているのかもしれません。

この時点で、政府からは72時間以内に震度6級の余震が起きる可能性が70%程度ある、と発表されていました。余震は関東以北で起きるとは限らないのでほかの地域の人もそれくらいは考えておかないとダメなのかもしれません(そして実際に専門家の予想が当たり、15日の深夜に静岡県で震度6強の余震が起きました)。



震災2日目の日没

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(2011:03:12 17:34:21, NIKON D300, F10.0, 1/500, -2/3, ISO:500, 56.0 mm(換算84 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


ちょうど見晴らしのいい場所で日没。天気がよかったので綺麗な日没を見れました。



ヘリコプター

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(2011:03:12 23:42:23, NIKON D300, F5.0, 0.4, -1, ISO:1000, 42.0 mm(換算63 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


ヘリコプターが駐機していました。手前が自衛隊、奥が毎日新聞社(JA9326)のものです。ゲートから歩いてすぐのいい場所に駐機。医療関係者用のヘリコプター(ドクターヘリ?)は左側2~3分は歩かないと行けない位置でした。メディアのヘリはもっと端でもいい気がするのに、、、まぁ何か理由があるのかもしれませんが、ちょっと思ってしまいました。



窓ガラスに映った太陽

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(2011:03:13 06:16:00, NIKON D300, F8.0, 1/160, -1, ISO:200, 68.0 mm(換算102 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


昨日の日没に引き続ききれいなまん丸の太陽が見れました。震災3日目は気温も高く過ごしやすい天気でした。



次の避難所へ

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(2011:03:13 09:11:04, NIKON D300, F9.0, 1/500, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


「道の駅ひらた」は駐車場がほぼ満車で多くの人がいました。もちろん観光客ではなく非難してきた被災者。中庭に足がない人が集められ、バスでのさらなる避難地への移動についての説明が行われているところでした。避難したと思ったら次の避難所へ、、、休む間もありません。



スーパーに行列

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(2011:03:13 09:52:48, NIKON D300, F6.3, 1/640, 0, ISO:200, 65.0 mm(換算97 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


閉店している店が多い中、三春地区に開店している?大きめのスーパーがありました。ヨークベニマルです。まだ開店準備中なのか、それともラジオで一部の店舗でやっていると言っていたような入店制限をかけているのかは分かりませんが、店の前に行列ができていました。



水没した道路

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(2011:03:13 13:05:56, NIKON D300, F13.0, 1/640, -1/3, ISO:400, 85.0 mm(換算127 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


ここは海から3km以上離れた場所。そんな場所にも津波が到達していました。道路は水没。たくさんの瓦礫が残され、自動車も水の中に放置されていました。

大地震があると震源地近くは地盤隆起、離れた場所は地盤沈下する傾向があるらしく、津波からだいぶ時間が経った今でも水が引かずに海のようになっていました。ガードレールに黒い痕が残っています。これから察するに津波の高さは50cmくらいでしょうか?



地震発生 震度6 走行注意

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(2011:03:12 19:02:15, NIKON D700, F8.0, 1/15, 0, ISO:12800, 42.0 mm(換算42 mm), 24.0-120.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


今回の東日本大震災では震度5~6の余震が数えくれないくらい起きています。国道4号を北上しているときにも震度6の余震がありました。
もう震度5ぐらいじゃたいしたニュースにならない、、、というか震度6強を観測した場所ですら報道があるのは地震直後のみで、その後の情報はまったく報道されないような状態。かなり異常です。

地震発生 震度6 走行注意
只今の気温-2℃



歩道を塞ぐように倒れた塀

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(2011:03:13 16:43:29, NIKON D300, F5.0, 1/640, 0, ISO:400, 46.0 mm(換算69 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


車に乗っていたときは、塀が倒れている様子に目を奪われてシャッターを押しました。しかしよく写真を見てみると建物側が変です。もしかして全壊してしまったのでしょうか?屋内は言うまでもなく、塀の方も長い範囲で歩道を完全に塞ぐ形で倒れています。写真にはほかの車は写っていませんが、交通量が多い1桁国道。車道に逃げるにも限度がありますし、もしこんなところを歩いているときに地震に遭遇したら、、、

今回の東日本大震災(3月11日の震度7)では地震被害は宮城などの東北地方が中心でした。しかし東北からかなり離れた地域にも被害が大きい、でも範囲が狭いスポットがいくつかあり、この付近も被害が大きな場所でした。



鏡石町立第一小学校の体育館

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(2011:03:13 17:21:43, NIKON D300, F7.1, 1/200, 0, ISO:800, 56.0 mm(換算84 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


真新しい綺麗な体育館が現れました。始めは総合体育館的な施設かと思ったのですが、数年前に完成してばかりの鏡石町立第一小学校の体育館でした。国道4号から見た限りは校舎側は地震被害がなさそうでしたが、体育館側は窓ガラスが外れてぶら下がっている状態です。
余震があったときなど落下の危険がありそうです。通路の屋根があるからなのか、ロープなどが張られている様子はありませんでした。



再び丸い太陽

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(2011:03:13 17:27:45, NIKON D300, F22.0, 1/200, -1, ISO:800, 50.0 mm(換算75 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, ☆, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


日没の時間になりました。この日も丸い太陽を見れました。8月や9月だと1週間に1、2度丸い太陽を見れたら幸運ぐらいですが、さすが冬季です。



災害派遣医療チーム(DMAT)

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(2011:03:12 22:38:15, NIKON D300, F5.6, 1/30, 0, ISO:500, 85.0 mm(換算127 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


福島空港内には全国各地から来た災害派遣医療チーム(DMAT=Disaster Medical Assistance Team)の
人がいました。写真は富山DMATのチーム。



買ってばかりの寝袋

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(2011:03:13 05:50:22, NIKON D300, F4.5, 1/40, -1, ISO:400, 19.0 mm(換算28 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


この日の夜に使った寝袋。3月11日の震度7の地震が起きる2時間ほど前に家に届きました。購入・入手してからこんなに早くに活躍するとは予想外です。

ちなみにモンベルの「U.L.スパイラルダウンハガー#3」。値段は高めですが、中くらいのサイズで軽量。しかも0℃から利用できると謳われている製品です。
この2週間後に実際に0℃近い低温の中で利用したのですが、、、さすがに小型なため生地が薄すぎます。地面側から熱をどんどん奪われ特に夜明けなど寒くて寝ていられないほどでした。その際はテント、レジャーシートのような薄い2枚貼りあわせの穂保温シート、そしてこの寝袋、というとても寒冷期とは思えない組み合わせ。さすがにダメだと思い、さらに梱包用のプチプチを保温シートの下に引くとだいぶ寒さも軽減されよく寝れました(まぁ要するに実際に低い気温の中で使うときはグラウンドに気を付けないとダメというごく普通の結論です)。



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