小倉神社の記事


小倉神社の境内に入りました。これは小倉…

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(2018:10:02 12:21:15, SONY α7R II, F13.0, 0.2, ISO:100, 24mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位, 月齢:22.4, 小潮, 20.5℃, 1007.4hPa, 70%)

小倉神社の境内に入りました。
これは小倉山・天王山よりの深層水らしいです。が、台風の影響?で少し白く濁っていました。


なわとびということはものすごく字が上手…

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(2018:10:02 12:23:00, SONY α7R II, F2.8, 1/125, ISO:400, 38mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位, 月齢:22.4, 小潮, 20.7℃, 1007.5hPa, 71%)

なわとびということはものすごく字が上手い小学生?!と一瞬思ったのですが文面からしてまず違うかな。

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なわとびが上手になりますように。
50回とべますように!!
お願いします!!


小倉神社

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(2018:10:02 12:26:59, SONY α7R II, F6.3, 1/125, ISO:250, 70mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位, 月齢:22.4, 小潮, 21.3℃, 1007.8hPa, 70%)

小倉神社

祭神
武甕槌神
天児屋根命
斎主命
比売大神

祭礼
5月3日~5日

創建は古く、奈良時代の養老2年(718年)に乙訓地方で最も早く鎮座した神社のひとつである。平安時代に記された延喜式神名帳の乙訓十九座中にもその名が見え、な神大社に列せられていた。今日も広く信仰を集め、大山崎町内のみならず長岡京市内にも多くの氏子をもっている。
本殿は江戸時代後期の建築で三間社流造、檜皮葺で、随所に創意工夫が凝らされている。他にも本殿瑞垣内の石燈篭や拝殿の絵馬も江戸時代の作である。18世紀に出版された「都名所図会」にも描かれ、本殿、拝殿の他に能舞台と楽屋があったことがわかる。その頃本社では祭礼のときに能が奉じられ、小倉能として近郷近在に知られていた。また氏子による宮座行事も古い様式を今に伝え、能と併せて中世にまでその源を求め得るものである。

昭和63年1月1日

大山崎町文化協会


本殿や拝殿の側は工事中で入れませんでし…

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(2018:10:02 12:27:26, SONY α7R II, F9.0, 1/125, ISO:250, 59mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位, 月齢:22.4, 小潮, 21.3℃, 1007.8hPa, 70%)

本殿や拝殿の側は工事中で入れませんでした。


かつてあった天王山の山頂の石積みの写真…

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(2018:10:02 12:30:12, SONY α7R II, F9.0, 1/125, ISO:125, 59mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位, 月齢:22.4, 小潮, 21.6℃, 1008.0hPa, 70%)

かつてあった天王山の山頂の石積みの写真がありました。

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天王山・山崎城跡

天王山は丹波山地の南東端に位置し、大阪平野から京都盆地に入る関門をなす標高270.4メートルの山である。山頂からは大阪平野が一望でき、淀川の流れや大阪の高層ビル群、奈良県と大阪府を分ける生駒山、信貴山等が見渡せる。当山は古来から地理的、地形的に重要視され、山上一帯には度々城が築かれた。今日残る城跡は羽柴秀吉が天正10年(1582年)に勃発した山崎合戦の直後に築城したもので、天下統一の出発点になった城である。山頂付近一帯には天主台跡、門跡、井戸跡、土塁跡、礎石等が残される。


  

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