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浜名湖弁天島の潮干狩り

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(2009:10:13 08:42:30, NIKON D300, F10.0, 1/250, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


(この記事は現在移行作業中のため、他記事と文章が重複している可能性があります。ご了承下さい。)

DSC_5268.jpg DSC_5269.jpg DSC_5270.jpg DSC_5280.jpg

弁天島海浜公園から鳥居のある場所まで4月から夏休みが終わるまでの期間は潮干狩り用の渡し船が出るようです。また、渡らずとも弁天島側でもアサリを掘れそうな雰囲気でした。特にゴールデンウィークあたりの大潮の日にはものすごい人出になりそうです。



表浜名湖・弁天島
島めぐり遊覧船案内図

4名まで4000円
1名増1000円


潮干狩の手引き

 浜名湖には64種類の貝が生息しているが、有毒な貝はない。採貝の99%がアサリ、ついでハマグリ、シオフキ、イソシジミ、ムラサキガイ、ウミニナ、アカニシ、モガイ、サクラガイも散見される。
 アサリは1年貝で殻長45ミリぐらい、2年貝で35ミリ、3年貝で45ミリぐらい、最も大きいもので、7センチぐらいになるが寿命は8,9年。3月から6月と9月、10月ごろの年2回産卵する。オス、メスは外観では分からない。放出卵は0.06ミリ受精後2,3週間で浮遊生活から定住生活にはいり足糸を出して、砂粒にへばりつき殻長10ミリぐらいになると砂泥の中へもぐる。入水管と出水官の2本を出して、海の中のプランクトンや有機物を食べて大きくなる。1年経って産卵するようになる。1個のアサリの産卵する数は100万以上。
 アサリは定着性が強く、ほとんど移動しない。余り密生すると大きくならず共死にする。何万の人が潮干狩をしても一向に減らないのは適当に間引きが行われ海を耕すことになって生存環境がよくなるからだといわれる。


アサリの砂出し

 海水を汲んでいくのが最良。塩味を舌で覚えたり、小瓶に海水を入れて持ち帰り、サンプルにするのもよい。人工海水を作るには、1リットルに食塩30gを溶かす。底の浅いタライに1粒並べにし、海水をひたひた程度にしておくのが最もよい。4、5時間で食べられるが泥を完全に吐かすには1晩置いた方がよいだろう。
 注意したいのは、貝にま水を入れないこと。塩分がなくなると貝が死んでしまう。食べるだけ砂出しをして、残りは日陰に置いておくと、2日位は死なない。だけど新鮮なうちに食べるのが最良。
 調理法にはミソ汁、焼きアサリ、貝ごといれてたくアサリ飯、またムキ身をテンプラやヌタにするのも美味である。


浜名漁協
弁天島遊覧船組合
舞阪町観光協会



浜名湖弁天島の潮干狩り

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(2009:10:13 09:01:09, NIKON D300, F10.0, 1/500, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5268.jpg DSC_5269.jpg DSC_5270.jpg DSC_5280.jpg

弁天島海浜公園から鳥居のある場所まで4月から夏休みが終わるまでの期間は潮干狩り用の渡し船が出るようです。また、渡らずとも弁天島側でもアサリを掘れそうな雰囲気でした。特にゴールデンウィークあたりの大潮の日にはものすごい人出になりそうです。



平成17年7月1日実施

干潮時の水際から沖合へ5メートルまでの区間
アサリは1人1日2kg以下

(1)
浜名湖には、アサリを対象とした共同漁業権が設定されており、一般の方がアサリを自由に採捕することはできません。ただし、漁業権者の浜名漁業協同組合は潮干狩りを楽しむ方に「1人あたり1日2kgまで」アサリの採捕を認めています。
潮干狩は、「干潮時の水際から沖合へ5メートルまでの区間」、および遊船組合が渡船で案内した「潮干狩り場」で行ってください。
違反者は「漁業権侵害」として罰せられることがあります。

(2)
静岡県ではアサリなど水産資源を保護するため、静岡県漁業調整規則により小さな貝の採捕を禁止し、採捕道具の使用を制限しています。
殻長2cm以下のアサリは、採捕禁止(静岡県漁業調整規則第37条)
幅15cm超のくまで、カクワ等は、使用禁止(静岡県漁業調整規則第46条の2)
違反者は静岡県漁業調整規則違反として罰せられます。

浜名漁業共同組合



弁天島海浜公園(その2)

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(2009:10:13 08:27:32, NIKON D300, F10.0, 1/500, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


(この記事は現在移行作業中のため、他記事と文章が重複している可能性があります。ご了承下さい。)

DSC_5260.jpg DSC_5273.jpg DSC_5282.jpg

展望台を備えた売店のような施設もありましたが、時間が朝早かかったためか、シーズンオフだからか営業しているような雰囲気はありませんでした。






弁天島海浜公園(その2)

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(2009:10:13 08:43:56, NIKON D300, F10.0, 1/500, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5260.jpg DSC_5273.jpg DSC_5282.jpg

展望台を備えた売店のような施設もありましたが、時間が朝早かかったためか、シーズンオフだからか営業しているような雰囲気はありませんでした。






弁天島海浜公園(その2)

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(2009:10:13 09:02:11, NIKON D300, F9.0, 1/400, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5260.jpg DSC_5273.jpg DSC_5282.jpg

展望台を備えた売店のような施設もありましたが、時間が朝早かかったためか、シーズンオフだからか営業しているような雰囲気はありませんでした。






弁天島海浜公園(その1)

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(2009:10:13 08:16:29, NIKON D300, F10.0, 1/800, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5242.jpg DSC_5245.jpg DSC_5249.jpg DSC_5253.jpg DSC_5256.jpg

舞阪漁港側から短い橋をわたって(人工島??の)弁天島へ来ました。ここの南側は綺麗に整備された弁天島海浜公園になっていました。対岸には厳島神社のような鳥居、そして浜名大橋が見えます。トイレはハマグリかアサリをモチーフにしているのでしょうか?



弁天島海浜公園
駐車場
1回400円



弁天島海浜公園(その1)

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(2009:10:13 08:17:24, NIKON D300, F10.0, 1/400, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5242.jpg DSC_5245.jpg DSC_5249.jpg DSC_5253.jpg DSC_5256.jpg

舞阪漁港側から短い橋をわたって(人工島??の)弁天島へ来ました。ここの南側は綺麗に整備された弁天島海浜公園になっていました。対岸には厳島神社のような鳥居、そして浜名大橋が見えます。トイレはハマグリかアサリをモチーフにしているのでしょうか?






弁天島海浜公園(その1)

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(2009:10:13 08:18:51, NIKON D300, F10.0, 1/400, 0, ISO:200, 24.0 mm(換算36 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5242.jpg DSC_5245.jpg DSC_5249.jpg DSC_5253.jpg DSC_5256.jpg

舞阪漁港側から短い橋をわたって(人工島??の)弁天島へ来ました。ここの南側は綺麗に整備された弁天島海浜公園になっていました。対岸には厳島神社のような鳥居、そして浜名大橋が見えます。トイレはハマグリかアサリをモチーフにしているのでしょうか?






弁天島海浜公園(その1)

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(2009:10:13 08:19:58, NIKON D300, F10.0, 1/640, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5242.jpg DSC_5245.jpg DSC_5249.jpg DSC_5253.jpg DSC_5256.jpg

舞阪漁港側から短い橋をわたって(人工島??の)弁天島へ来ました。ここの南側は綺麗に整備された弁天島海浜公園になっていました。対岸には厳島神社のような鳥居、そして浜名大橋が見えます。トイレはハマグリかアサリをモチーフにしているのでしょうか?






弁天島海浜公園(その1)

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(2009:10:13 08:21:38, NIKON D300, F10.0, 1/400, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


(この記事は現在移行作業中のため、他記事と文章が重複している可能性があります。ご了承下さい。)

DSC_5242.jpg DSC_5245.jpg DSC_5249.jpg DSC_5253.jpg DSC_5256.jpg

舞阪漁港側から短い橋をわたって(人工島??の)弁天島へ来ました。ここの南側は綺麗に整備された弁天島海浜公園になっていました。対岸には厳島神社のような鳥居、そして浜名大橋が見えます。トイレはハマグリかアサリをモチーフにしているのでしょうか?






常夜灯と浜名大橋

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(2009:10:13 08:13:16, NIKON D300, F10.0, 1/640, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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ここにも北雁木にあったような常夜灯がありました。ここも昔は船着場だったのでしょうか?



京に57里26町
舞坂宿



那須田又七顕彰碑

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(2009:10:13 08:11:04, NIKON D300, F10.0, 1/400, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5231.jpg DSC_5232.jpg

この付近で海苔養殖の基盤を作り上げた人の碑がひっそりと民家の庭っぽい場所に残っていました。






那須田又七顕彰碑

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(2009:10:13 08:11:14, NIKON D300, F10.0, 1/320, 0, ISO:200, 22.0 mm(換算33 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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この付近で海苔養殖の基盤を作り上げた人の碑がひっそりと民家の庭っぽい場所に残っていました。



那須田又七顕彰碑

 那須田家の先祖は豊臣氏に仕えていましたが、大阪の役の後、舞阪で農業を営むようになりました。
 又七は天明4年(1784年)の生まれで、子供の時から聡明でした。勉学に励み、16歳で舞坂宿問屋場の書記となりました。その後、町役人・宿役人を長く勤めました。
 産業振興に努め、海苔養殖の基盤をつくりました。飢饉の時には、私費を投じて救済事業を行いました。
 その人望と鉱石により苗字帯刀を許され「袱紗刀爺爺」(ふくさがたなのやや)と呼ばれました。嘉永3年(1850年)66歳でなくなりました。
 安政5年(1858年)その業績を永く伝えるため、顕彰碑が建立されました。

舞阪町教育委員会



浜名湖のマンホール

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(2009:10:13 08:10:56, NIKON D300, F10.0, 1/200, 0, ISO:200, 24.0 mm(換算36 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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「はままつ」のような表示が書かれていませんが、浜松市のマンホールでしょうか?防潮林か何かの松の木をモチーフにしたデザインのようでした。






渡船場跡北雁木

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(2009:10:13 08:10:33, NIKON D300, F10.0, 1/400, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


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DSC_5227.jpg DSC_5226.jpg DSC_5225.jpg DSC_5221.jpg

舞阪漁港の片隅に木製の常夜灯が設置されていました。どうやらここはその昔、渡船場だったようです。この付近には同じような船着場が主に3箇所あり、この場所は大名など身分の高い人が利用していたそうです。



東海道舞坂宿
渡船場跡北雁木

この地は江戸時代、新居宿への浜名湖今切渡しへの渡船場跡です。

舞阪町教育委員会



渡船場跡北雁木

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(2009:10:13 08:10:21, NIKON D300, F10.0, 1/500, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


(この記事は現在移行作業中のため、他記事と文章が重複している可能性があります。ご了承下さい。)

DSC_5227.jpg DSC_5226.jpg DSC_5225.jpg DSC_5221.jpg

舞阪漁港の片隅に木製の常夜灯が設置されていました。どうやらここはその昔、渡船場だったようです。この付近には同じような船着場が主に3箇所あり、この場所は大名など身分の高い人が利用していたそうです。






渡船場跡北雁木

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(2009:10:13 08:10:06, NIKON D300, F10.0, 1/250, 0, ISO:200, 19.0 mm(換算28 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


(この記事は現在移行作業中のため、他記事と文章が重複している可能性があります。ご了承下さい。)

DSC_5227.jpg DSC_5226.jpg DSC_5225.jpg DSC_5221.jpg

舞阪漁港の片隅に木製の常夜灯が設置されていました。どうやらここはその昔、渡船場だったようです。この付近には同じような船着場が主に3箇所あり、この場所は大名など身分の高い人が利用していたそうです。



史跡
北雁木
(きたがんげ)

 ここは浜名湖今切渡しの舞阪宿側の渡船場跡で明暦3年(1657年)から寛文元年(1661年)にかけて構築されました。その後、江戸時代には災害で幾度か修復されています。両側の石垣の白い部分は昭和28年の台風で石垣が崩れたため積みなおしたものです。

 雁木とは階段状になっている船着場のことをいいますが、地元では「がんげ」と昔からいっています。

 舞坂宿には三ヶ所の渡船場がありましたが、一番南側は主に荷物の積み下ろしをした渡荷場(とうかば)。真ん中は旅人が一番多く利用した主要渡船場で本雁木(ほんがんげ)と呼ばれています。

この北雁木は主に大名や幕府公用役人が利用したところで、往還から幅10間(約18メートル)の石畳が水際まで敷き詰められています。

舞阪町教育委員会



渡船場跡北雁木

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(2009:10:13 08:09:35, NIKON D300, F10.0, 1/500, 0, ISO:200, 19.0 mm(換算28 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


(この記事は現在移行作業中のため、他記事と文章が重複している可能性があります。ご了承下さい。)

DSC_5227.jpg DSC_5226.jpg DSC_5225.jpg DSC_5221.jpg

舞阪漁港の片隅に木製の常夜灯が設置されていました。どうやらここはその昔、渡船場だったようです。この付近には同じような船着場が主に3箇所あり、この場所は大名など身分の高い人が利用していたそうです。



東海道五十三次
舞坂
今切真景

舞阪宿
浜名湖は明応7年(1498年)の大地震で湖と海の間が切れて入海となった。その地を「今切」と云う

舞阪地域自治センター地域振興課



舞阪漁港(その3)

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(2009:10:13 07:50:38, NIKON D300, F10.0, 1/640, 0, ISO:200, 24.0 mm(換算36 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


(この記事は現在移行作業中のため、他記事と文章が重複している可能性があります。ご了承下さい。)

DSC_5214.jpg DSC_5215.jpg DSC_5218.jpg DSC_5220.jpg

中規模以上の漁港に必ずあるのが製氷施設。この施設の大きさと棟数を見ればどれくらい盛わった漁港なのかが分かります。舞阪漁港には直接漁船へ氷を落とし込める大きな製氷施設が建てられていました。そんな大きな漁港ですが、ものすごく珍しいことに港内でガラス製の浮きが使われていました。最近ではプラスチック製が主流で、ガラス製の浮きはアンティークショップや民宿・料理屋で飾りとして使われている以外では見かけることがほとんどないものです。ちょっとびっくりしました。






舞阪漁港(その3)

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(2009:10:13 07:56:10, NIKON D300, F10.0, 1/500, 0, ISO:200, 12.0 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm F4G, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


(この記事は現在移行作業中のため、他記事と文章が重複している可能性があります。ご了承下さい。)

DSC_5214.jpg DSC_5215.jpg DSC_5218.jpg DSC_5220.jpg

中規模以上の漁港に必ずあるのが製氷施設。この施設の大きさと棟数を見ればどれくらい盛わった漁港なのかが分かります。舞阪漁港には直接漁船へ氷を落とし込める大きな製氷施設が建てられていました。そんな大きな漁港ですが、ものすごく珍しいことに港内でガラス製の浮きが使われていました。最近ではプラスチック製が主流で、ガラス製の浮きはアンティークショップや民宿・料理屋で飾りとして使われている以外では見かけることがほとんどないものです。ちょっとびっくりしました。



浜名漁協製氷工場
TEL05359-2-2911



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