高松橋の記事


高松橋

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(2012:05:07 16:54:39, NIKON D800, F10.0, 1/200, 0, ISO:250, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:15.8, 大潮)
カテゴリ: 大阪湾  

兵庫運河に架かる高松橋です。昔は跳ね上がる可動橋だったそうです。今は可動橋のデザインを残してはいますが普通の橋です。


高松橋の上にベンチが用意されて休めるよ…

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(2012:05:07 16:55:33, NIKON D800, F10.0, 1/200, 0, ISO:250, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:15.8, 大潮)
カテゴリ: 大阪湾  

高松橋の上にベンチが用意されて休めるようになっていました。


解説板もありました。

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(2012:05:07 16:56:00, NIKON D800, F10.0, 1/200, 0, ISO:360, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:15.8, 大潮)
カテゴリ: 大阪湾  

解説板もありました。


高松橋

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(2012:05:07 16:56:06, NIKON D800, F10.0, 1/200, 0, ISO:320, 35 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:15.8, 大潮)
カテゴリ: 大阪湾  

高松橋

旧高松橋は、昭和3年に架けられ、橋の寛政により市道「高松線」が開通した。橋は東側の可動橋部分、27.889メートルがはね上げられる、「一葉式跳開橋」と呼ばれるはね橋であった。
跳開橋といわれる形式の橋は、17世紀のオランダを原点とし、19世紀後半から20世紀前半にかけて、欧米で発展した、日本では、高松橋のほか、東京の隅田川に架かる「勝閧橋」など、数例しかない。
歯車を使って大きな橋が跳ね上げられる景色は、壮観なものがあり、多くの人びとの目を楽しませた。
新「高松橋」は平成元年度より道路拡幅計画にあわせて架換工事に着手し、平成6年に完成した。橋の畔に設置された「親柱」は旧高松橋のものを修復復元するとともに、高欄も「はね橋」を模倣した形状とした。

平成6年8月


主要寸法

可動橋:全長27.889メートル
固定橋:全長10.820メートル
橋桁:全幅19.482メートル
車道:幅14.545メートル
歩道:幅1.818メートル
トラニオン ガーダー:全長17.545メートル
カウンターウェイトガーダー:全長15.132メートル
全カウンターウェイト:521.316トン
鋼材重量 可動橋:284.630トン
鋼材重量 固定橋:48.271トン
主桁構造 外桁(H-1900×480mm 2本)
主桁構造 内桁(H-800×480mm 2本)
主桁構造 横桁(H-1100×480mm)
床版木製

開閉用主機関:75HP モーター2台
80度全開に要する時間:1分20秒


兵庫運河には船がたくさん係留されていま…

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(2012:05:07 16:56:52, NIKON D800, F10.0, 1/200, 0, ISO:400, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:15.8, 大潮)
カテゴリ: 大阪湾  

兵庫運河には船がたくさん係留されていました。


八尾善四郎の像

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(2012:05:07 17:00:39, NIKON D800, F10.0, 1/200, 0, ISO:320, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:15.8, 大潮)
カテゴリ: 大阪湾  

高松橋の先ほどとは反対側の歩道脇に銅像がありました。兵庫運河を開削した「八尾善四郎」の像です。


八尾善四郎の像

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(2012:05:07 17:00:46, NIKON D800, F10.0, 1/200, 0, ISO:1800, 35 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:15.8, 大潮)
カテゴリ: 大阪湾  

八尾善四郎の像

神戸港は、巨大な船が四方から集まり群をなしてるが、風浪がにわかに激しくなると、小さな船は、碇を繋ぐには不便で、皆兵庫の港に避難する。しかし、その間に、和田岬が突き出ており、潮流は激しく動き、航海は、はなはだ危険で、しばしば転覆するおそれがある。風浪が僅かでもおこると、船の往来はたちどころにとだえ、皆が困っていた。
八尾善四郎翁は、早くからこの琴を憂い運河を開削して、両港(神戸港と兵庫港)を通じるという議論を提案したが、その事業がたやすくないことから、翁に賛同する者は少なかった。翁は、これに固執して臆することなく力をつくして説き勧め、はかりしれない財産を使った。
ついに兵庫運河株式会社を設立し、明治28年5月に起工し、明治30年5月に竣工した。これによって漁船、帆船の往来が●●となり、航海は極めて容易となり、帆柱は林立し、もはや風浪による危険がなくなった。
また、沿岸の荒れ果てた土地には、工場が、●の花のように隙間なく立ち並び、商店が立ち並んで営み栄える地区となった。それが国花と人々に与えた利益は、誠に大なるものであった。
ここで人々は始めて翁の先見の明に感服し今にまで恩恵を受けていることを感じたのである。
翁が●して後、本年(大正8年10月)有志で相談し資金を出しあってこの像を制作し、運河河畔に土地を選んで建て、その●の名とその鉱石は、朽ちることがなくなった。私達は事業が人を助け、●●なものであったことを感じ、その由来をしるす。

右の文は、この銅像が建立された大正8年10月当時に銅像●面に●●されていた文●を現代文にしたものである。

平成6年8月


高松橋にハシゴが架けられていたので兵庫…

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(2012:05:07 17:03:11, NIKON D800, F10.0, 1/200, 0, ISO:360, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:15.8, 大潮)
カテゴリ: 大阪湾  

高松橋にハシゴが架けられていたので兵庫運河沿いに降りました。今日はハシゴの登り降りが多すぎです。


  

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