長浜城跡の記事


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長浜城跡のすぐそばまで来ました。中央…

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(2010:09:18 09:24:40, NIKON D300, F9.0, 1/320, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


長浜城跡のすぐそばまで来ました。中央の丘が城跡です。正面の海岸は小さな港になっていました。



綺麗なトイレを発見。ここの水は表示は…

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(2010:09:18 09:27:21, NIKON D300, F10.0, 1/400, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


綺麗なトイレを発見。ここの水は表示はありませんでしたが、飲用できない水です。ひどい臭いがしました。

トイレ利用時間のご案内
午前8時30分~午後5時15分



トイレの脇に長浜城跡の模型がありまし…

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(2010:09:18 09:27:35, NIKON D300, F7.1, 1/160, 0, ISO:200, 31.0 mm(換算46 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


トイレの脇に長浜城跡の模型がありました。



長浜城跡模型

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(2010:09:18 09:27:46, NIKON D300, F14.0, 1/800, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


長浜城跡模型

長浜城跡は発端丈山から北東に延びる尾根先端部にあり、敵の攻撃から重須湊を守るために築かれた城です。
城の南側を除く三方は、急傾斜でけわしい深い海に接しており、戦国時代の軍艦である安宅船など大型船の停泊にも適していました。
また、城の周囲も崖となっており、水軍城として絶好の立地条件にあったといえます。
模型は、地形測量や発掘調査の成果を基に城の地形や敷地などを表示しています。
なお、表示した城周辺の海岸線や道などは、現在では埋め立てが進み地形も大きく変化しているため明治20年の旧陸軍による測量図を参考にしています。まだ重須には山越え道が続いており、戦国時代から大きな変化がなかったものと考えられます。
縮尺は、垂直縮尺200分の1、水平縮尺300分の1として、やや高さを強調しています。



長浜城跡

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(2010:09:18 09:28:05, NIKON D300, F9.0, 1/320, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


国指定
長浜城跡

昭和63年5月13日指定
文化庁
静岡県教育委員会
沼津市教育委員会


戦国期長浜城
推定縄張図(長浜側)

千田嘉博監修・奥村祐喜作図
平成21年
※小速(和船)は、規模の比較のために描き入れてあります。


長浜城跡の位置

長浜城跡は、伊豆半島の西側の根元に位置し、深く入り込んだ内浦湾に面しています。
この城は、関東地方を治めていた北条氏が武田水軍との戦いに備えるために築かれたと考えられています。それは、内浦湾の沖に淡島があるので、攻められにくく、周りの水深が深いため、軍船が泊められる絶好の場所だったためです。


長浜城跡周辺の地形

長浜城跡の周りは、岬と入り江が複雑に入り組んだ海岸線が東西に続いています。
また、長浜城跡の西側には、陰野川が流れています。
この川から西側は、長井崎などの平らな台地や比較的なだらかな山が続き、その地形を利用してみかん栽培なども行われています。
一方で、東側は、険しい山々が海岸まで迫っています。



長浜城跡

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(2010:09:18 09:28:19, NIKON D300, F9.0, 1/320, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


長浜城跡周辺の道

現在、長浜城跡の南には県道がありますが、明治時代の地図では、長浜川も重須側もその道より北側は海でした。
また、長浜城跡から見て北西にある弁天島も陸続きになっていませんでした。
そのため、他の地域へ行く方法は、船や海岸沿いの道だけではなく、陰野川沿いに山を越えて伊豆半島の中央へ行くなどの山道を利用していました。
コレラの道を、干物などの商品を背負ってお客へ売りに行く行商が、盛んに行き来をしていました。


長浜城跡周辺の海と風景

長浜城跡は、北側にある内浦湾へ突き出た岬の地形を利用した城跡です。
内浦湾は、海底が急に深くなっているので、その地形を利用して、昔から漁業が行われ、ヨットやボートも数多く泊まっています。
ここからは、北側の対岸に千本松原や愛鷹山、さらにその奥には、富士山が見えます。
また、北東側には、淡島、その奥に沼津アルプスの山並みが見えるなど、内浦湾と共に美しい風景を楽しむことができます。


北条(後北条)氏と長浜城

北条氏は戦国時代に活躍した大名で、鎌倉時代にいた北条氏と区別するために、後北条氏とも呼ばれています。
北条氏の祖となる北条早雲は、駿河(静岡県)の今川氏の揉め事を治めたことで、沼津市内根古屋にある興国寺城の城主となりました。そこから相模(神奈川県)へと勢力を広げ、三代目の氏康の頃には関東の西半分まで支配しました。
しかし、五代目にあたる氏直の時代に、甲斐(山梨県)の武田氏が駿河へ攻めてきたので、対抗するために長浜城は築かれました。



長浜城跡

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(2010:09:18 09:28:37, NIKON D300, F10.0, 1/400, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


長浜城のはじまりと終わり

長浜城が城として使われたのは、戦国時代の終わりの天正7年(1579年)~天正18年(1590年)頃と考えられています。
天正7年の記録では、城の建設に関する内容が書かれており、また、北条水軍の責任者が長浜に配置されています。
一方、天正18念の記録からは、最終的にこの地の土豪(有力者)が、武将として城に立てこもり、敵に備えたことがわかっています。
しかし、豊臣秀吉の攻撃によって、三島市にある山中城が落城するなど、その影響で長浜城も廃城になったと考えられます。


長浜城略史

永禄11年(1568年)
武田信玄、三国(甲斐・相模・駿河)同盟を捨てて駿河へ侵攻する。

永禄12年(1569年)
今川氏真が北条氏直に駿河国(今の静岡県)をわたす。

天正7年(1579年)
武田勝頼が三枚橋城を築く。
武田勝頼が黄瀬川に出陣し、北条氏政と戦う。
11月7日、北条氏が長浜に軍船を泊める港をつくる。(豆州内浦漁民史料)
12月19日、北条氏が長浜に北条水軍の将である梶原氏を配置する。(植松文書)

天正8年(1580年)
武田勝頼が浮島原に出陣し、対抗して北条方も出陣する。
3月15日、北条氏と武田氏が駿河湾海戦をする。(北条五代記、甲陽軍鑑、駿河雑志)

天正9年(1581年)
武田氏の水軍の将である小浜伊勢守が久龍津(今の久料)で北条水軍と戦う。(小浜文書)

天正10年(1582年)
3月、武田氏が滅ぶ。
6月、本能寺の変

天正17年(1589年)
11月24日、豊臣秀吉が北条氏直に宣戦布告する。
12月19日、北条氏が韮山城を守っていた大藤与七に足軽80人で長浜城を守ることを命ずる。(大藤文書)

天正18年(1590年)
2月27日、豊臣水軍が清水(今の清水港)に到着する。
2月28日、北条氏政が大川氏が長浜城に立てこもることを認める。(大川文書)
3月29日、豊臣軍が山中城・韮山城を攻める。
4月1日、豊臣水軍が下田城を攻める。
6月、韮山城が開城。
7月、北条氏直が降伏する。


戦国時代の山城の構造

戦国時代に築かれた城の多くは山城です。山城では、野山を削り、あmたその土を積んで曲輪と呼ばれる平場をつくります。曲輪は複数つくられ、その間に堀と土塁をつくります。
堀は、地面を掘り込んだ空堀で、土塁は堀を掘った土を積み上げた土手です。空堀と土塁はセットになっており、敵の侵入を防ぐために大きな効果があります。複数ある曲輪は、最も重要な曲輪を守るように配置されています。


長浜城の構造と見所

戦国時代の水軍の拠点の多くは、陸地から離れた島に築かれていますが、この長浜城は全国的にも珍しい山城の特徴を持つ水軍の城で、海側と陸側で見所が異なります。
海側には、最も高いところにある第一曲輪を中心に、海と山に向かって曲輪がL字のように配置されているなど、北条氏の城の特徴を見ることができます。
一方、陸側には、敵の侵入に備えて、山城の特徴である多数の土塁や、空堀、尾根を切断するように作られた堀切もみることができます。



この階段を登れば長浜城城跡の曲輪を見…

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(2010:09:18 09:29:16, NIKON D300, F8.0, 1/250, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


この階段を登れば長浜城城跡の曲輪を見に行けるようですが・・・疲れそうなのでスルーです。



長浜城跡

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(2010:09:18 10:32:34, NIKON D300, F8.0, 1/250, 0, ISO:200, 16.0 mm(換算24 mm), 16.0-85.0 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)





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