ローベルト・コッホ碑

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(2010:06:23 08:43:56, NIKON D300, F5.6, 1/125, 0, ISO:200, 16 mm(換算24 mm), 16.0-85 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 潮位, 月齢:10.7, 中潮)
カテゴリ: 201006神奈川  

ローベルト・コッホ碑

 この碑は、世界的細菌学者ドイツのローベルト・コッホ博士の来日を記念して、弟子である北里柴三郎博士と鎌倉市関係者により大正元年(1912年)9月、建立されたものである。当初、霊仙山頂に建立されたが地盤の脆弱化により、昭和58年(1983年)10月、鎌倉市医師会等によりこの地に移設された。

 コッホ博士は、病気と病原菌の関係を客観的に証明する方法を提案し、病原細菌学という新しい分野を開拓した人である。明治35年(1905年)「結核に関する研究」でノーベル生理学・医学賞を受賞している。北里は破傷風菌の純培養に成功、さらにその毒素に対する免疫抗体を発見、それを応用した血清療法を確立し、現代免疫学の祖と言われている。


碑文の大意

 明治42年(41年の誤り)7月、ドイツの大医コッホ先生が北里博士と一緒に鎌倉に遊び富士山を望みて大変喜ばれた。霊仙山頂でコッホ先生は日の出と日暮れのすばらしさを見て堪能された。
 帰国後数年も経たないうちに亡くなられたので、山の所有者である村田氏らと相談し、石碑を建てて事蹟を遺そうと考えた。山の下の稲村ヶ崎は新田義貞中将が武運を祈って刀を沈めたといういわれのある地である。海と富士山のおりなす絶景のこの地を今は海外の偉人がここに留まって風景を賞した所として世に伝えるべきと考える。
大正元年9月 長坂周記弁書


財団法人 北里研究所
2004年12月





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