宝積寺

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(2018:10:02 08:33:47, SONY α7R II, F9.0, 1/400, ISO:100, 67mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位, 月齢:22.4, 小潮, 23.4℃, 1006.5hPa, 52%)

宝積寺

宗派:真言宗智山派
開基:行基

文化財
(重文)神像
俱生神坐像
闇黒童子坐像
閻魔王坐像
木造司録坐像
木造司命坐像
十一面観音立像
金剛力士立像
三重塔

一般には宝寺の名で知られており、本町に現存する寺院の中で最も古い歴史を誇る。
寺伝によると奈良時代に聖武天皇の勅願寺として僧行基が開創したと伝え、その後、長徳年間(995年~999年)寂照が中興し、室町初期には八幡宮油座からの寄進も多くあり寺運は大いに盛り上がった。さらに嘉慶3年には定額寺にも列し、多くの子院をもつに至る。
戦国時代の終わり、山崎合戦の折には羽柴秀吉が一時当寺を陣所とし、合戦後宝寺も山崎城の一部として利用されたと伝えられる。
しかし幕末の動乱は宝寺にも押し寄せ、元治元年(1864年)の兵火と廃仏殷釈で寺運はすっかり衰微したが徐々に寺観、寺域も復興され今日にいたった。現在、乙訓地方で最も多くの文化財を保有する寺院で、見るべき仏像が多くある。

昭和61年3月
大山崎町教育員会





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