ここ塩屋海岸は砂浜で係船や水産物の陸揚…

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(2012:06:07 14:28:06, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:100, 19 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 大阪湾  

ここ塩屋海岸は砂浜で係船や水産物の陸揚等漁港施設がなく海岸も浸食され漁業活動に支障を受けていたので、昭和39年度から船揚場を建設していただいたが、他の地区と同様、昭和41年から海苔養殖漁業が盛んになり、加工場は一般住居地と隣接、または混在しているため移住環境も悪い状況にあったので、山本理事を代表として山田組合長に漁港整備を強く要望し、山田組合長共々、神戸市長にも要望した。
これらの問題を解決するため、宮崎神戸市長の決断により漁港整備計画を立案し、早急に改善することとなった。一方、国においては第6次漁港整備長期計画が策定されるのに伴い昭和54年度の第1次局部改良事業より拠点漁港として塩屋漁港の建設に着手するとともに、昭和57年度からは、佐藤漁港部長の御英断により、第7次漁港整備計画に採択され、本格的に改修事業による整備が進められることになった。着工以来約6年の歳月をかけて今日ようやく漁港としての概要を整えるに至った。
この間における水産庁をはじめ兵庫県、神戸市の深い御理解と多大の御援助に対し、また時にお世話いただいた左記の方々に深く感謝するとともに、将来にわたってこの漁港が漁民の団結と魅力ある漁業の確立のため、また第7次計画の課題とする水産物の安定供給や漁村社会の基盤強化のため、益々発展、繁栄することを祈願してこの碑を建立する。

昭和63年3月末日
神戸市漁業協同組合
組合長理事 山田岸松





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