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仁川のはじめからおわり

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(2012:04:08 15:13:05, NIKON D800, F8.0, 1/640, 0, ISO:100, 35.0 mm(換算35 mm), AF-S Nikkor 17-35mm F2.8D, 撮影地, 周辺ホテル, 潮位)


甲山309プロジェクト

仁川のはじめからおわり

仁川は六甲山の「石の宝殿」(標高804メートル)あたりをはじまりとし、裏六甲ドライブウェイ沿いを流れ、甲山の北側に沿ってゆっくり流れて武庫川に注ぐ約9.3kmの川です。


西宮の民話~六甲の天狗~
1641年、大干ばつに見舞われ困った大社五ヶ村の人たちは自分たちが所有する社家郷山の谷合を流れる仁川の水を使おうと、1643年に湯ノ口付近の岩盤にトンネルを掘るなどして甲山の裾野からむらに水を引き入れました。この時、仁川下流の農民と水争いになりましたが、広田神社の神官が般若に扮し争いを収め、その功績をたたえた碑が廣田神社にある兜麓底石碑です。


上ヶ原用水・分水樋
1651年ごろ、水源が乏しかった上ヶ原台地での新田開発にあたり、仁川から水を引くため竹製の樋を作るなど長年にわたり工事が続けられました。1802年、大井滝の岩盤を掘るなどしてトンネル126メートルを含む全長800メートルの用水路がようやく完成し、各村々に応じて水を流す分水樋も作られました。


仁川の川底を流れる百閒樋
1575年、仁川下流の段上地域などの田んぼに武庫川の水を取り入れるために作られた用水路を百間樋と言います。川底が周囲の土地よりも高い「天井川」であったため、仁川の地下を横切り、百閒(約180メートル)の樋を埋める大工事を行いました。


寄贈:ShinMaywa新明和工業株式会社
NPO法人こども環境活動支援協会



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