沼津御用邸時代の保養所・別荘等の分布

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(2010:09:17 09:31:16, NIKON D300, F11.0, 1/500, 0, ISO:200, 22 mm(換算33 mm), 16.0-85 mm f/3.5-5.6, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 201009駿河湾  

沼津御用邸時代の保養所・別荘等の分布

明治22年(1889年)の東海道線の開通により、東京からの交通が便利になると風光明媚な牛臥から静浦海岸にかけて、吸収は薩摩藩出身の大山巌元帥・西郷従道元帥・川上純義海軍大将や佐賀藩出身の大木喬任文部大臣らの別荘が、いち早く建てられました。
やがて、彼らの影響もあり、明治26年(1893年)御用邸が造営されると頻繁に名士や富豪が来遊するようになり、明治末期から昭和初期には、千本から内浦にかけての海岸線に別荘や邸宅、保養所や臨海学校、旅館等が相次いで建てられ、沼津は一大保養地として脚光を浴びるようになりました。
しかし、第二次世界大戦による御用邸本邸の焼失や敗戦により社会状況が急速に変化し、往時は80棟を越える別荘群等も現存するものはわずかとなり、昔日の面影はなくなっています。

この度、郷土史家の足利実氏と川口和子氏の協力を得て、旧御用邸を中心とした保養所・別荘等の分布図を作成しましたが、ご来園のみなさまには、かつての我が国を代表する保養地・沼津を再認識する契機としていただければ幸いです。

平成12年3月
沼津香陵ライオンズクラブ





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